でめりんのおぼえがき

ゲームと育児の話中心に色々目に留まったことなど。長文病です。 たまにお絵描きも

映画ドラゴンクエスト ユア•ストーリー感想(ネタバレ)

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最初に。私はフローラ派です。SFCPS2、DSと全て青髪のお嬢様を選んでいます。
そしてフローラ派がゆえに、小説版や漫画版やCDシアターを嗜めないまま来ました。
このたびの映画化でもどうせ公式でビアンカが選ばれる所を
見る事になるのだろうと…でも動くフローラ他DQ世界は見たい…
じゃあせめて心の準備のためにと敢えて
初日に観に行った方々の感想を覗き、大体のあらすじを予備知識として得ていました。

そうしたら嫁問題どころじゃないおおごとがラストにあるようで
巷の評価は散々なものになっており、自分が観に行く前から界隈は大荒れに…
まあでも私は5に思い入れがそこまで深いほうじゃないと思うので耐えられそうだし
自分の目で確かめに行くという気持ちは変わらず。
最初は旦那、自分、長女(小2)で観に行く予定だったのですが
内容を考えると5未プレイの長女にはこれが5のファーストインプレッションに
なって欲しくはないなと結論づけ、旦那と私交代でひとりずつ
日をずらし観に行くことになりましたw(次女は夏季保育に通っています)

 
かくして私の番が廻ってきて、観に行ってまいりました。
いやーおひとり様で映画を観に行ったのは初めてです。
感想がとりとめなくなりそうなので
何かを感じたポイントごとに書いてみますね。
ゲームのDQ5と何かと比較します。映画のタイトルでは一言も5と書かれていませんし
制作サイドも5を基にしたオリジナルストーリーと言ってた気がしますが
ビアンカフローラパパスをはっきり出しといて5と比較するなは無理。


•CGがよかった
これ、予想ではもっとチープな動きすると思ってたんですよね。
ちょっとドラゴンクエスト ファンタジアビデオ(3の時代に作られた
ビデオテープのやつなんだけど、知ってる人いるかな…w)で
イメージが止まってましたね…
少なくともディズニーやピクサー系には適わないだろってタカをくくってました。
キャラの表情もバトルシーンも、イキイキ動きます。
日本の3DCG作品も悪くないんだな。

ただ、大きな城下町だとかそういう人の集まる場所はかなり省略したり
見せないようにされてたように思います。
グランバニアも、ラインハットの城の中も描かれないし。ルドマン邸の中も最小限。
RPGでも本筋に関係ない一般人の家の扉は開けられないようになってるパターン
あるじゃないですか。あんな感じ。
どうしても見せなきゃいけない所は軍勢でも描くんだけど
そうでない所は極力省いてる所にちょっと予算或いは納期の限界を感じました。
ただ、映画を酷評するにしてもCG班には罪はない。これだけは言いたいですね。


•ヘンリーの態度が不遜なまま
私、元々ゲームでさえヘンリーを許し切れてないんですよね…。
10年後、すでに反省済みな事はわかるんですが、ハッキリと謝罪するなりなんなり
しおらしい場面が欲しかったと思っているんです。
この10年の間に既にそんな場面があったんだろうとは思うけど、描かれてないから。
できれば幼少期の、連れ去られて奴隷にされた直後に自分の行動を後悔して
頽れるところをこの目で見ておきたかった。
まあそこを抜きにしても、せめて奴隷に堕ちたもの同士、対等にはなるべきだろうと
思ってるんですよ。
なのにこの映画のヘンリー、まだ丁寧語を要求してきよる。
さすがに主人公が突っ込んでて、まあ自分の中の誇りを見失わないためだという事は
わかりましたがそれをお前のせいで父親が殺された主人公にやらすな。
映画では省略が多くヘンリーのせいという感が薄れていましたが、それでなのかな。
ゲームであった、パパスに反抗するシーンとかもなかったもんな…

お別れの時には呼び止めて、父親の事はちゃんと気に病んでて
主人公に恩返しするつもりがある事をちゃんと宣言するのでこれで許せたかな。
マリアは登場しません。
あーそうか…ゲームの方は、この上主人公差し置いてマリアとくっついちゃうのも
お前本当に反省してるのかって思ってしまう原因なんだろうなw

あ、神殿から樽で脱出する時に●を塗りたくって死体顔するのはよかったですw

•キラーパンサーが普通に仲間になる
うちはプックルなんですが、仲間になり方はゲームで不満だったところです。
勝手に提案されたお化け退治に付き合った後(いじめっ子をボコして終わりでええ)
名付けまで提案しといて、うちでは猫飼えないとか言い出されるんですよね。
実際にベビーパンサーを引き取ったのは自分であり、パパスが死ぬまで一緒だったのに
一度も実際のお世話をしていないビアンカのリボンの方でようやく自分を思い出すって
ほんと納得いかなすぎて…w 
尺が足りないのか、思い出すまでのタメが無かったのは気になりましたけど
とりあえずリボンなしで主人公を認識して仲間に加わったのは嬉しかったです。
そういやカボチの作物とかそんなのも無かったな。
パパスの剣は、サンタローズに戻ってきたサンチョが持っていました。
サンタローズは滅んでいない、というか雪に埋もれた一軒家しかなく
最初から主人公たちしか住んでいなかったんじゃないかと…w


•問題の花嫁選択
いやね、これ20年以上前のゲームですでに出来上がっていたシステムだから
今でも話題にあがるたびにあくまでどっちを選ぶかって意味で戦争とかいってるけど
結果論としてだけど勇者を産ませるためにどっちかの女性を選ぶとか
今の時代じゃ色々と配慮が必要すぎて採用できないんじゃないかしら。
今なら主人公を女にして天空の血を引く男性を選ぶパターンも遊べそうだけど…
それいいな遊ばせてくれよ。

映画では炎と水のリングを取ってくる課題ではなく
既に町でブオーンが暴れてて、それを倒す猛者を求める話に変わっていました。
で、主人公はよくいる「今回こそはフローラと結婚したいと決めてたのに
やっぱりビアンカにしちゃうんだよね~」的なプレイヤーの話だったんですが。

フローラを必ず選べるように、ゲームを始める前に自己暗示をかけるんですよ。
で、最初はフローラにデレデレして、ブオーン討伐やフローラへのプロポーズに
付いてきて背中を押してくるビアンカを邪魔くさそうに扱ってるんですが。
でも深層心理ではビアンカ派なので、わずかな機敏でそれを悟ったフローラは
宿屋に帰った主人公に、変化の杖で占いババに化けて
本音を知る事ができる薬というのを渡して飲ませます。
で、飲んでみた主人公はビアンカを想う気持ちに気づき…となるんですが。

最初に書いたように、もう公式は昔から小説版とか漫画版、あらゆるメディアで
金髪前提の子供だったりとかなんとかビアンカ側なんですよ。
今みたいに自由に相手を選べて当たり前の時代じゃなくてパッケージからし
ビアンカだったから、それはこちらも最初から諦めてるんです。

…でもねえ…さすがに…
「自己暗示」をかけてスタートまでしなけりゃ求婚できないほど
フローラにするのが嫌なんだったら、無理して結婚しなくても結構と言いたい。
これは初回で普通にビアンカを選ばれるよりもはるかに失礼ですよ。

しかも今回の映画では冒頭のお化け退治とかの冒険は省かれています。
後付けにしても弱かった、幼少フローラと船で出会ったシーンと同じく
SFC風スクショ1枚ずつという同レベルの演出で済まされているんです。
ビアンカ派である理由の最たるもの、お化け退治のある幼少期を削っておいて
でもビアンカを選ぶというのは、映画が初見の人には意味がわからないでしょう
このプレイヤーは過去何度もビアンカを選んできたんだなって事だけはわかりますが
なんでそのキャラにそこまで拘るほどの魅力があるのかというのは表現されません。
見た目は明らかに身綺麗なお嬢様と旅人(山奥の村は登場しない)と
差がつきすぎだし、
背中を預けられる云々に説得力を持たせる描写がブオーン戦だけではちょい足りない。
あ、ブオーン戦自体は足手まとい感もなく普通にビアンカ頼もしいなと思ったので
見られてよかったと思います。

まあとにかく、ゲームにおいて過去何度も選んだから…じゃなくて
ちゃんと映画内だけのエピソードだけでビアンカに惹かれる過程を描いて
初見というテイで選んで欲しかったですね。

ところで映画が封切られる前、演者の誰かがビアンカ派もフローラ派も
両方納得できる」と言っていましたが、……どこが???
こういう事言うから、「もしかしたら最後にゲームプレイしてる人が出て来て
この人はビアンカ選んだけど他のプレイヤーがフローラを選んでる現実シーンも
あわせて見せてくれるのかもしれない」と期待してしまったわ。
発言してた人はビアンカ派なので、フローラ可愛いと言われたところでそれは
「フローラと結婚するのもいいなあと思えたほど可愛い」なのか
ビアンカと主人公の仲をお膳立てしてくれるフローラだから可愛い」
という意味なのか問いただしたい。

ああ、これはフローラの方から振っていい案件。
この腐った映画主人公なら婿に入ってもらう必要なし。
とフローラ派が自ら思うような内容だったからフローラ派も納得ということ?
そういう納得の仕方はしたくなかったんだが……
こっちは何度もビアンカを選んだ人が今回もまたビアンカを選ぶのを
ダメ押しで見せつけられたとしか思えませんでした。
しかもフローラ自らお膳立てして…。
(いや、ゲームの時からフローラは、「もしかしてビアンカさんは●●さんの事が
お好きなのでは…? そして●●さんもビアンカさんの事を…」と
こっちが思ってもいない事を代弁してまで呼び止めたりしていたか…)
これ、予め内容を知っていない状態で観ていたらやっぱり
イライライライラしながら観ていたことと思います。
一応心構えができていたので、普通の「他人事のラブコメ」としては観られました。

他人事です。全然ユアストーリーではないです。
何度やってもビアンカを選ぶ赤の他人のストーリーを見せられているだけです。
ついでにゲレゲレと名付けた人の。

ところで、折角のゲーム設定(自己暗示)をNPCであるフローラが
勝手にいじっている行為についてですが。
フローラがゲームのNPCの殻を破り、自分の意志をもって行動したのか、
自己暗示システムとは名ばかりで元々フローラを選ぶ事はできないシステムなのか
によって受け取り方が変わりそうな気がします。



•結婚相手決定後の扱いが理にかなっていた
これはフローラ派である自分から見ての感想です。
結局映画の主人公は、なんやかやと今回もビアンカを選んだわけですが
そもそもが、ゲームでは天空の盾が欲しくてルドマン家の婿募集に名乗りをあげる訳で
フローラと結婚しない場合は盾貰えなくてもいいと思ってるんですよ。
旅の目的を果たせないかもしれなくても、ビアンカの方が良いんだと正直に言う。
なら一旦は盾やその他、旅の目的をリセットする覚悟を見せていただきたい。
増してそのままサラボナで式を開いてもらうとか、
元々娘の結婚式を挙げるつもりで整えていた式場なのに話がズレにズレてました。

幸いサラボナにはブオーンに脅かされるかもしれないという課題が残っていますから
後からブオーンが目覚める頃に助けに駆けつけて
あらためて盾をお礼に貰うという機会は作れると思います。
なのにゲームでのルドマンの対応はあまりに親切すぎて不自然なまでに聖人でした。
フローラ共々恥をかかされたのですからちゃんと怒られて、屋敷から追い出され
その後は例えば山奥の村でダンカンら村人たちにビアンカと結婚したいと報告し、
温かくささやかな手作り結婚パーティを開いてもらってもいいわけです。
盾や母親の手がかり探しについては仕切り直し。
ここまで展開が変われたなら
自分もビアンカで一通りプレイしてみたいと思えたものです。

…これを長年考えていたのですが、
今回の映画ではルドマンの屋敷から追い出された後に
ブオーン問題を解決したので天空装備は貰えましたが)
酒場で酔いつぶれていたビアンカに告白しに行き、それを酒場のギャラリーが
はやしたてて祝います。これですよこれ。こういうのをやって欲しかった。
正式な式は挙げなかったようですが、その後はサンタローズに帰り
懐かしのサンチョも交え慎ましやかに暮らし、出産もそこでするんですが
幼い頃の幸せな暮らしが戻ってきたような気分で
すごく私の見たかったビアンカルートだなって思いました。

とにかくビアンカを選ぶと決めたならルドマンに詫びて帰り
別の場所で別の人たちにささやかに祝われる。そこを映画で実現してくれたため
初めてビアンカルートをフラットな目で見る事ができるようになりました。
こっちもいいじゃんと素直に思えました。
なので、映画に限って言えばビアンカとの人生でいいんでないかと思います。
どのみちこの主人公(の中の人)はフローラをナメすぎなので。


•金髪息子
ポスターではどっちかわからないようにしてあったのかと思いましたが
ビアンカと作中結婚したので普通に金髪です。なんていうか前髪が短い
丁寧語だったのがちょっと気になりましたね。親子関係に慣れてないから…?

で、娘いません。巷ではなんで息子と娘2人とも出さないんだと非難囂々です。
…でも、正直いうとゲームの時から双子設定は持て余してない?と思っていました。
思い入れが既にあれば、娘を消すなんてとんでもないと思われるでしょうが
牧場物語の結婚システムみたいに生まれる子の性別を選べて
その子が(男だろうと女だろうと)天空装備をつけられれば良かったじゃないかと。
双子のままでもいいですが、男女どっちが勇者になるのかを選べればよかったですね。

既にマリアもベラも削られている映画です。
なんで自分は勇者じゃないんだろうと悩む役を増やして尺をとる余裕が
ないのであれば、子供を単身に変更したのは正解かと。

あと主人公とビアンカはゲームどおりそれぞれ石化させられるんですが、この時の
阿鼻叫喚の表情のままで石化するの、
ドラえもんの魔界大冒険の石化を思い出して非常に満足度が高かったです。
綺麗なポーズよりも、このぐらい、あがいた末の絶望の表情でいた方がリアル。


•問題のラスボス
最後に顔と手だけを残して、それでも魔界の門を開けてから散ったゲマのしつこさは
見事でした。
で、魔界の門を閉じるべく天空の剣を放った息子が落ちてくるのを受け止めようと、
最高に熱い場面になるところで世界が停止。
これ、どうせ飛ばしまくってた幼少期の時にSFC風画面にするのなら
ファミコンソフトが本体蹴られた瞬間の曲の音階のままピー――――――て止まる方が
あるある感あって面白かったかなwでもピー音長いのは耳に痛いか。

さて、この映画評価で一番否があるのがこの部分ですよね。
上映前からビアンカフローラ派どっちも満足させるには
どういうオチ方がいいのかを考えてはいて、その過程で

「これまでの映像はとある人間のプレイ動画なだけ。
ラスト近くでプレイヤーの姿が出て来て、今回の主役はビアンカを選んだけど
続けてフローラを選んだプレイヤーやキラパンをプックルなりチロルなり名付けた
プレイヤーの姿も次々と流れてくるのかもしれない」

…と、メタ落ちな事は予想してたんですね。
そしたら、世界を構成していたグラフィックの色やら何やら剥げ落ちて
ビアンカとかも所詮CGの作り物だと言わんばかりに画像が崩れていきます。
この時点で、ああこれフローラルートじゃなくて良かったわ
(少なくとも最終決戦の場にはいないので崩れるとこは見なくて済んだ)
とは思ってしまいましたが…とにかく世界が真っ白になります。

で、ラスボスの代わりにDQらしからぬ(鳥山チックではあるかも)デザインの
変な人型の何かが出て来て、こいつがゲームは虚無、ここはかつて
発売されたDQ5(ここでマジでカートリッジがそのまんま出るので噴く)を基にした
VR世界に過ぎない、いいかげん現実逃避はやめて大人になれ的な説教を
かましてくるんですけど
いやお前だれ。
この世界を壊したくてウイルスを仕込んだハッカーかなんかの仕業らしいんですけど
ハッカーの中の人は一切姿を現さないので、なんで突如主人公のプレイに割り込んで
邪魔をするのか、中の人の背景が一切わからないんですよね。赤の他人ぽいし。
こういう世界が嫌いだからだみたいな事は言ってたかな。
FF9の最後で唐突にペプシマンみたいな天使が出て来てそいつと戦いますけど
あれ思い出しました
最後まで誰やこいつ…と思ったまま戦ってたような。そんな感じです。

で、主人公はこのVR機器に乗り込んだ事を思い出して
(ゲーム中は主人公として没頭できるように現実の状況を忘れられる仕様らしい)
DQ5を買ってもらった時の回想シーンも出て
でも自分にとってこのゲームは現実と同じくらい大事なものだったと反論し
そこで今までずっとそのへんにいたスライムが突然主人公の前に飛び出し
渋い声で流暢に話し出します(声が山ちゃんだそうな 声優興味ない)。
自分はスライムの形をしているけどウイルスに対抗できるワクチンなんだと。
スライムから剣の形に変わるので、それを使って敵(ウイルス)を討てと。

このワクチン、ロトの剣の形してる。

今まで自分が天空の剣を装備できない事を悩んだり、息子が装備したのを見て
驚いたり、映画の中ではけっこう天空の剣がキーアイテムになってたんですけど
最後には魔界の門に投げ入れて無くなってしまいました。
なので、今の新たな敵を倒すための武器を授かるのはいいんですけど
これ天空シリーズだよね…? 
いくら同じDQとはいえロトシリーズとは違う。
ロトの剣を簡単に天空シリーズに登場させるんじゃねえ。
突如DQの世界観もくそもないコンピュータウイルスがどうとか言い出しても
今時それ…?と呆れるだけで済みましたが
天空シリーズで簡単にロトシリーズの要素を入れてきた事のほうが
キレポイントでしたよ?
最初の方で、5はそこまで思い入れの深いほうではないと書きました。
一番思い入れがあるのは、ロトシリーズなんですよ。
そこを軽々しく出すんじゃねえ~~~!!!

大体使ってる楽曲も節操がねえ~~~ 天空シリーズ以外の楽曲は、
とくにロトシリーズ天空シリーズ以上に原点として染みついてる層がいる事を
わかっていて使うんだと思うんですけど
5のプレイ回想にこの道わが旅を使うな、
やると思ったけどEDにそして伝説へを流すな。
こっちは11の裏面でロト要素を無節操にちりばめられた事だって納得いってないのに
これ出しときゃ無条件でなつい、エモいってなると思ってるでしょ?
こちとら思い出を消費されすぎてありがたみが失せだしてるんですよ。
もっと大切に使ってくれ…いや使わないでくれ。
5のEDこそは、結婚ワルツ流すのが一番効果的だったと思うんですけどねえ…


…あ、話が音楽の話へ大幅に逸れました。
そういうわけで、ロトの剣ワクチン()で
ラヴォスコアを彷彿とさせる姿をしたウイルスにとどめを刺すと
CG世界は元通りに構成され、ビアンカや息子たちが駆け寄り
ヘンリーが「(天空の剣を装備できなくてもラスボスを倒した)お前こそが勇者だ!」という安っぽい決め台詞を言って締めるんですけど、うーん響かない。
敵の台詞も、それに反論する主人公の台詞も、このヘンリーの台詞も
全てが茶番というか、言わせただけだろ感がすごくて。
ゲームだからじゃないです。ただこの映画の決め台詞を言わす演出が下手なだけです。
一回テクスチャを剥いで形を崩して、それを敵を撃破したからって
また元通りの形に戻ってなんか決め台詞を言われても、
ああこれは決められた台詞なんだなという感情しかない。
作り物だというのはみな自覚してゲームに臨んでると思うんですが
それでも目の前でわざわざ正体を暴いて、その後戻されても
思い入れまでは完全に元に戻せませんね。虚しさだけが残る。
一回世界を崩してみせた時点でラスボスの勝ちなんですよこれは。
他のブログで、ぬいぐるみの中身を抜き取ってみせてからまた戻したとか
ミッ●ーの頭をとってみせてまた戻したみたいな例えがありましたがまさにそれ。
無粋の極みです。


ところできっとウイルスに冒された時、フローラも主人公のいないところで
一回消えてまた現れたのかもしれないけど
そこの所は見せてないですし、
あの主人公の自己暗示設定を自分の意志で解除した行動があったから
フローラだけはただのプログラムじゃなかったのではという期待を持ってしまいます。
(自己暗示設定を解いてしまう事含めて彼女を選べないシステムなのでなければ)
フローラが密かにそういう存在だったというのなら私は少し満足かな。
本音をいえば、フローラが選ばれなかった世界線なら崩れてもどうでもいいわという
気持ちも若干ありますが。ショックが少ないのそれもあるかな。
いやあの、自己暗示がかかった状態のままで結婚して欲しかったという事ではなく。
本音は好きではない以上、あれでいいと思っています。

ていうか、ビアンカ派にしたって、今回はフローラを(お試し程度の気持ちとはいえ)
選ぼうとしてたのかよ…それで子供時代をスキップしてたのかよ…
その状態でやっぱりビアンカと言われても…と胸中複雑ではなかったですか?
プレイヤーとしてはあるあるな動機でも、映画として、一回きりの物語として観ると
この主人公がクズいだけという話になりません?
嫁選びに力を入れたといいますが、
物語として没頭させたいのかメタい視点であるあるを楽しめばいいのか
よくわからないんですよね。

さっき「ビアンカ派とフローラ派どっちも納得する」は違うんじゃないかと
結局フローラ選ばれてないじゃんという話をしましたが
ビアンカの選ばれ方も、元々が好きなキャラだからという
物語としての根拠に欠けるものだったし、
ビアンカ派とフローラ派どっちも納得しない」が正しいんじゃないですかね…?


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…問題の、世界の皮を剥いで敵がかますお説教(大人になれ、ゲームは虚構だ)
これ、自分の生きてきた環境では今までゲームを否定された事殆どないんですよね。
自分も好きだから、節度を持たせてとはいえ子供には最初からゲームを与えてる。
そんなところに30,40年前みたいな、ゲームをやってるのはガキ、みたいな説教が
存在した事をわざわざ知らせる必要はないと思うんですよね。
本を読んだり友達と遊んだりするのと同じようにナチュラルに
Switchで遊んでるような子にはピンとこないと思う。

許されるまでもなく、ゲームは大人もやる普通の娯楽としてもう定着してるんですよ。
(仕事とか育児とかで物理的にがっつりとできなくなっていく事はあれど
それでも片手間のスマホゲーはやっているわけで)
ゲームの否定で終わっていないじゃん、主人公の反論からの撃破によって
最終的には肯定してるじゃんという擁護がありますが
そもそもゲームに対する否定からの肯定を描こうなんて思う時点で
制作サイドの根っこに、ゲームに否定的な価値観が根付いてる証拠だと
思うんですよね。
そこがもう過去の価値観だと思うので
え、まだその話するんだ……としか思えなくて、響かなかった。

わかりますよ、自分は幸い周りに殆どいなかったとはいえ
ファミコン時代から生きてる人なら
そういう新しい文化に偏見を持つ大人があの頃実際にいたってことは。
ところで、あなた方がこうして制作して見せてる映画にしたって
かつて映画館は不良の行くところ扱いでしたよね。
それが今は誰も言わない。でも仮に今それを持ち出して
「映画は不良の観るもの。でも誰だって観ていいものなんだ、ドラマがあるんだ」と
勝手に言い出して勝手に許してる人を見たら
肯定されたと喜ぶ以前に「今時何言ってんの?」となると思うんですよ。
漫画が、映画が、果ては娯楽小説が今は当たり前になっているように、
ゲームで遊んでた子たちもみな大人になるほど年月が経っており
そこに文句を言う世代も激減した。
子供でもオタクでもなんでもない一般人が普通に遊んでる時代になっています。
そこに今回の説教なので、今更言ってもらわなくてもいいよとしか
いいようがないのです。



DQ5が未プレイだからダイジェスト展開は理解できない
•子供時代のビアンカが描かれていないのでビアンカに拘る前提そのものがわからない
•ゲームをすると現実逃避だと馬鹿にされてしまうような経験をしていない

以上が、今回娘を連れてユア•ストーリーを観に連れて行かなかった理由です。
DQ5をやるなら、やっぱり前情報なしでゲームソフトをプレイして欲しいなと。
今の娘はDQ11も序盤で止まっているので、まだ先は長いですが……。